おっぱいサバイバー

2015年28歳で乳がん告知。闘病の記録と感情をつづるブログ。

乳がん患者がブログを書くことについて

筆者が抗がん剤治療や手術を行ったのは2015年のため、治療に関する情報は最新と異なる可能性があります。なお、筆者の近況はTwitterで発信しています。

小林麻央さんがブログを開設された*1と話題になりました。その前日、夫の市川海老蔵さんが「まおのきもち」というタイトルのブログを更新*2されていたため、一部のメディアでは「重大発表か」と煽られていました。わたしはポジティブな話であるよう祈っていたので、ブログの開設で少しホッとしました。

ところで、このブログ「おっぱいサバイバー」は公開から一年が経ちます。

oppai-survivor.hatenablog.com

公開した当時は、抗がん剤治療の真っ最中で副作用に苦しむこともありました。現在は、ほとんど以前の通りの生活に戻っています。仕事では、ブログサービスの開発や運営に携わっていることもあり、今回は、乳がん患者としてブログを書いていて良かったことを書きます。

社会とつながること

ずっと働いていたため、長い療養生活では「社会から隔離されてしまう!(何者でもなくなってしまう!)」という危惧と、「治る予定なのに、周りに心配をかけすぎてしまう!」という不安がありました。

わたしの場合、8ヶ月の療養生活のうち、入院は合計で8泊しかなく(初回抗がん剤投与時3泊、手術時5泊)、それ以外のほとんどは自宅で過ごしました。抗がん剤の副作用も、投与直後の1週間程度を除いては、ごくふつうの生活ができるレベルのもの。家族と出かけたり、友だちと会ったり、働いていたときよりも増えた自由な時間を満喫しました。

それでも「自分は、がん患者である」というレッテルがあまりに重かった。

ブログを公開する前は、Facebookに近況を書いていたので、周りに心配をかけすぎる不安は解消されていました。
その後、ブログを公開し、不特定多数の方たちに思いや情報を伝えることで、社会の役に立っている気持ちが出て、精神衛生的に良かったと思います。

一人ではないこと

しばらくの間、同じ病気の人とつながるのが嫌でした。病気であることを認める気がしたこと、自分よりもつらい症状のひとを見ると自分もそうなってしまいそうな恐怖があったことなど、一言でいえば自分自身の病気から目をそらしたかったのだと思います。

だから、同じような闘病ブログは、あまり見ないようにしていました。いまも、あまり見ていません。

それでも、同じ病と闘う人から「応援してます!」とか「参考にしてます!」というメッセージは、とても嬉しいです。やはり、一人よりは仲間がいるほうが心強いこともあります。また、同時期に治療していた方が、病気に関する記事から、日常生活の記事にシフトしているのを見ると、とても幸せな気持ちになります。

他の方のブログで紹介していただいたことも、励みになっています。

がん患者というレッテルは、重いものだと勝手に思い込んでいました。インターネットには、さまざまな病気や障害と戦っている方たちがいます。そういう方たちと繋がれることは、確実に勇気になっています。

***

実は、ブログを公開する前は、心ない言葉をかけられたらどうしよう、怪しい治療法をすすめられたらどうしよう…… などという不安がありました。結果として、杞憂に終わり、ブログを書いてよかったと思っています。

もし、闘病ブログを始めてみようか悩んでいる方がいたら、ひとつのヒントになればと思います。

oppai-survivor.hatenablog.com
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